大判例

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大阪高等裁判所 平成4年(ネ)266号 判決 1994年4月28日

控訴人

藤井保男

藤井孫二郎

藤井二三子

右三名訴訟代理人弁護士

吉原稔

河村武信

被控訴人

株式会社荏原製作所

右代表者代表取締役

藤村宏幸

右訴訟代理人弁護士

平山正剛

卜部忠史

山田利夫

被控訴人

近江八幡市

右代表者市長

奥野登

右訴訟代理人弁護士

宮川清

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人らは、連帯して、控訴人藤井保男に対し三四三五万二一八八円、控訴人藤井孫二郎、控訴人藤井二三子に対しそれぞれ二七五万円及び右各金員に対する昭和五八年二月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人らのその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを五分し、その四を控訴人らの負担とし、その一を被控訴人らの負担とする。

五  この判決は、主文第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らは、各自、控訴人藤井保男(以下「控訴人保男」という。)に対し一億八三八八万五四五〇円、控訴人藤井孫二郎及び同藤井二三子に対し各六〇〇万円ならびに右各金員に対する昭和五八年二月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  被控訴人ら

1  本件控訴を棄却する。

2  訴訟費用は控訴人らの負担とする。

第二  事案の概要

原判決の「第二 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、次のとおり付加、訂正をする。

一  原判決二枚目表一二行目の「損害賠償を」の次に「、被控訴人株式会社荏原製作所(以下「被控訴会社」という。)に対してはさらに民法上の瑕疵担保(民法五七〇条)による損害賠償を」を加え、同二枚目裏七行目の「処理能力」から同八行目の「焼却炉」までを「一日一六時間運転して一基五〇トンの処理能力のある流動床式焼却炉二基」と改め、同一二行目の「一五日」の次に「(火曜日)」を加え、同行目から一三行目にかけての「北津田一五九」を「北津田町一五九番地」と改め、同三枚目裏一行目の「責任原因」の次に「及び民法四一五条の債務不履行(被控訴人近江八幡市(以下「被控訴人市」という。)の履行補助者である控訴人保男に対する安全配慮義務の不履行)、同法五七〇条の瑕疵担保責任」を加える。

二  同三枚目裏六行目の次に行を変えて「ア 水素ガスの爆発」を加え、同一二行目の「アルミニウム缶等の混入が避けられないところ、」を「アルミ缶やアルミ箔など各種のアルミニウム製品の混入が避けられないところ、これらは軽量のため焼却炉内に留まる時間が極端に短く、酸化する間もなくアルミニウムのまま一瞬の中に焼却炉からガス冷却室に送り込まれ、その結果、ガス冷却室、電気集塵器等から出た灰の中にアルミニウムが残る。そして」と、同四枚目表六行目の「水が噴霧されるが、」を「完全に蒸発してしたたり落ちない程度に水が噴霧されることになっているが、」と、同八行目の「生じたりで、」を「生じたりして、噴霧された」と改め、同一〇行目の次に行を変えて次項を加える。

「イ 高所作業における転落防止設備等の不備による転落

灰バンカーの点検口は、地上約七メートルの高さにある点検のための通路からさらに1.45メートル上の位置にあり、右通路の外周に設置されている手摺りの高さは1.1メートルであった。しかして、灰バンカー内の強固に固まった灰ブリッジを鉄棒で突き崩すには、右通路に立ったままでは力が入らないため、被控訴会社は高さ約0.6メートルの踏み台を用意した。しかし、点検口の位置が高いため、右踏み台に両足を乗せたままでは未だ灰ブリッジを突き崩すことができないため、右作業に従事する者は、片足を灰バンカー外枠のアングルに掛け、もう一方の足を右踏み台か前記手摺りの上に乗せざるを得なかった。

右のような高所での作業をさせるのに、踏み台の高さを除くと手摺りは0.5メートルの高さしかないのに通路や手摺りの上に転落防止用のネットは設置されていなかったし、命綱もなく、右作業に従事する被控訴人市の職員は常に転落の危険にさらされていた。

控訴人保男は、右踏み台に片足を乗せ、片足を灰バンカーのアングルに乗せて灰ブリッジの突き崩し作業に従事中、何らかの原因で灰バンカー内で爆発が起こった際、転落防止設備等の不備により地上約7.5メートルの高さから地面に転落した。」

三  同四枚目裏三行目の「融点より高温の」を「融点(摂氏六六〇度)より高温(摂氏七〇〇度ないし九五〇度)の」と改め、同七行目の「発生しない」の次に「(爆発の下限は四パーセント)」を、同一二行目の次に「④ 被控訴人らは、灰ブリッジを崩壊させる作業は両足を踏み台に乗せてするように指導しており、その場合は転落することはあり得ず、高さ1.1メートルの手摺りで十分である。しかも、被控訴会社は被控訴人市の職員に対し、高所での作業には命綱を着けるように指導し、被控訴人市においてこれを常備していた。」を加える。

四  同五枚目表三行目の「責任」の次に「、民法四一五条の債務不履行責任、民法五七〇条による瑕疵担保責任」を加え、同五行目から六行目にかけての「計る義務」を「図る義務」と、同五枚目裏三行目から四行目にかけての「鉄棒を使用していたことを察知できた」を「鉄棒を使用して点検口から灰ブリッジを突き崩していたことを熟知していた」と、同一一行目の「設置」を「設置(前記踏み台の高さを考慮すると、手摺りの高さは実質0.5メートルとなる。)」と、同一三行目の「アーチブレーカーの設置により」を「灰バンカー内にアーチブレーカーが設置されたことにより」と改める。

五  同六枚目表九行目の次に「ウ 被控訴会社は本件プラントの製作物供給者として、信義則上、安全配慮義務を負担しているから、被控訴人市と同様の安全配慮義務違反があり(後記②のイの前段参照)、あるいは前記のような瑕疵のある本件プラントを供給した者として瑕疵担保責任がある。」を加え、同一〇行目の「ウ」を「エ」と改める。

六  同六枚目裏七行目の「上司は」を「上司が」と改め、同七枚目表四行目の「安全配慮義務がある。」の次に「仮に本件事故が水素ガスの爆発と無関係であったとしても、被控訴人市は、控訴人保男を地上七メートルの高所での作業に従事させる際に転落防止のための十分な設備等を設置しなかった点において、右同様、安全配慮義務違反の責任は免れない。」を加え、同八枚目表一三行目の「エアーノッカー、」を「エアーノッカーの設置」と改め、同八枚目裏八行目の次に行を変えて次項を加える。

「ウ 転落防止義務違反ついて

被控訴会社は前述したように高所での作業には命綱を着け、踏み台に両足を乗せて作業をするように指導していたが、控訴人保男は、本件事故当時、右指導を無視して命綱を着けないで、片足は灰バンカーのアングルに、片足は高さ1.1メートルの手摺りの上に置くという極めて異常で危険な姿勢をしていた。したがって、控訴人保男が転落したのはひとえに同人の過失に基づくものであって、被控訴会社に責任はない。」

七  同九枚目表一三行目の次に行を変えて「エ 被控訴会社の主張をすべて援用する。」を加え、同九枚目裏一行目の「エ」を「オ」と改める。

第三  証拠

原、当審の本件記録中の各証拠目録記載のとおりである。

理由

第一  被控訴会社の責任

一  水素ガス爆発の危険防止責任について

1  証拠(甲五、三六の1、2、三八、乙一、九、一〇、検甲二七の3、原審証人松田)によれば、本件プラントのごみ処理の工程(フローシート)は、概略原判決別紙近江八幡市立第二衛生プラント見取図記載のとおり(ただし、現実は、焼却炉、ガス冷却室、空気予熱器等はそれぞれ二基設置してある。)であり、収集された可燃ごみは破砕機で破砕された後、流動床方式焼却炉に投入され、摂氏七〇〇度ないし九五〇度(以下、温度を表示するときは単に度数のみで表示する。)の炉内で燃焼し、排ガスは焼却炉上部からガス冷却室、空気予熱器、電気集塵器を経由して煙突から外気中に放出され、その過程でガス冷却室、空気予熱器、電気集塵器の各下部から灰が自動的に排出され、灰は灰コンベヤーを経て灰バンカーに集められ、灰バンカーから取り出された灰は運搬時に飛散しない程度に灰加湿器によって加湿されたうえトラックで処分場に搬出される経過をとること、空気予熱器、電気集塵器内を高温の排ガスが通過すると右機器を痛めるので、ガス冷却室で排ガスの温度を下げるため、冷却室の上部にノズルを取り付け、ノズルから水を霧状に散布して排ガスを約三五〇度に冷却することになっていること、焼却時に発生する塩化水素を除去するため、焼却炉にドロマイト(炭酸カルシュウム)が投入され、これが塩化カルシュウムになるとアルカリ性となること、被控訴会社の本件プラントの設計思想では、ガス冷却室で散布される水量が自動的に調節されノズルから散布された水は完全に蒸発することになっており、その結果、ガス冷却室からでる灰、ひいては灰バンカー内の灰はせいぜい一、二パーセント程度の水分を含むさらさらの灰となるはずであり、また可燃ごみの中にアルミ缶やアルミ箔を使用したごみが混入することは避けられないが、アルミニウムの融点は六六〇度であって、七〇〇度ないし九五〇度の高温の焼却炉では瞬時のうちに燃焼して酸化アルミニウムになり、灰の中に金属アルミニウムが残存しないと考えられていたことが認められる。

2  証拠(甲八、四〇、四一、五〇、五一、五七、八四、一三八、乙二五、証人中村、同高月、同松田、控訴人保男(いずれも原審))によれば、

(一) 本件事故時の状況は、控訴人保男が灰バンカーの点検口を開けて鉄棒で灰バンカー内の灰を二、三回突いたところ、ボーという音とともに風圧を感じ、かすかなオレンジ色の閃光を目にした直後に意識を失ったこと、本件事故後に控訴人保男を見た同僚の中村は、控訴人保男は顔面に火傷を負い上着の胸の部分が少し焼け焦げており、事故当日に受診した近江八幡市民病院では、顔面、前胸部火傷と診断され、また両眼角膜下、結膜下に異物が、主として右顔面に数ミリメートルの炭粉の皮内、皮下沈着が見られたこと、本件事故後、本件灰バンカーの上部にある後部点検口の金属製の留め金が変形して弛んでいたこと、

(二) 金属アルミニウムをアルカリ水溶液に入れると水素ガスが発生するところ、本件プラントのうち電気集塵器(EP)から取り出された灰(以下「EP灰」という。)にはX線回析測定により金属アルミニウムが検出され、また飛灰からもアルミニウムが検出されており、前記ドロマイトによりアルカリ性を帯びた灰に水分が加われば、EP灰と反応して水素ガスが発生する可能性があったこと、

(三) 本件プラントの灰バンカー内の灰(以下「集合灰」という。)は、EP灰六の割合に対し、その余のガス冷却室などからの灰四の割合で構成されており、京都大学の高月教授の実験によると、本件プラントの集合灰一〇〇グラムに加水して含水率を一〇パーセントにし、本件事故当時の灰バンカー内雰囲気に近くして五〇〇ミリリットルの容器内に静置すると、五時間後には水素ガスの爆発下限濃度四パーセントに達することが認められ、集合灰の含水率を二〇パーセントにするとさらに短時間で水素ガスの濃度が四パーセントを越えること、右集合灰の加水前の含水率は0.5パーセントであり、その場合は水素ガスは発生しなかったことが認められる。

(四) さらに、証拠(甲二、三、四の1、2、二四の1ないし7、二五の1ないし3、二六、二七、四〇、四一、乙五、原審証人中村、同森岡、同松田、当審証人堀、同糠塚、同半田、原、当審での控訴人保男)によれば、ガス冷却室では水がノズルから噴霧されて完全に蒸発するべきところ、ノズルの先端が排ガスによって腐食するなどして水が霧状に噴射されなかったり、噴霧される水が多過ぎたりして完全に蒸発しないまま水として落下するため、ガス冷却室内の灰が水分を帯び、ガス冷却室と灰コンベヤーとの間のロータリーバルブ(ガス冷却室から排出される灰を定量化して灰コンベヤーに安定した量を供給する設備)を詰まらせたり、灰が水分を帯びているため灰コンベヤーの運転に支障を来し、本件プラントで作業する被控訴人市の作業員が度々機械の運転を停止してロータリーバルブや灰コンベヤーに詰まっている灰の除去をしていたこと、またそのような水分の多い灰が灰バンカー内に送られてくるため、灰バンカー内で灰が固まってブリッジ状になり灰バンカーから自動的に下に落ちるはずの灰が落ちず、そのため被控訴人市の作業員は右の灰ブリッジの解消にかなりの労力を費やしたこと、なお、灰ブリッジは、粉体に特有の現象として灰にも生ずるものであるが、灰中の水分がその発生に影響するものであることが認められる。

3  右1、2の事実によれば、被控訴会社の本件プラントの設計思想にもかかわらず、灰バンカー内に爆発可能な濃度以上の水素ガスが存在していた可能性があり、そして、これらに鉄棒と灰バンカーの鉄板との衝突ないしは静電気による火花が引火して爆発する可能性がある。そして控訴人保男のその負傷の前後についての供述や灰バンカーの点検口の留め金が変形して弛んでいた事実に、その傷害の状況が強力な熱風により灰バンカーの残灰を吹き付けられたことを推認させるものであることなどを総合すると、本件事故は、水素ガスの爆発によるものと推認するのが相当である。

被控訴人らは、灰バンカー内に水素ガスの発生がありその濃度が爆発可能となるには、灰バンカー内の集合灰の含水率が二五パーセントを越えなければならず、そのような含水率の高い灰の灰コンベヤーによる搬送は困難である旨主張する。しかし灰バンカー内の灰は、含水率三〇パーセントまで加湿して搬出されることになっている(甲二八の1ないし3)し、原審証人高月の証言中には、含水率二五パーセントの灰の灰コンベヤーによる搬送が困難であることを否定するものがあるから、右主張は採用できない。また、灰バンカー内の水素ガスが流出しあるいは排出されている可能性もないではないが、灰ブリッジが粒子の細かいEP灰により緻密になりガスを透過しにくくなると、灰ブリッジの下に水素ガスが滞留している可能性があり、灰ブリッジのガス透過性が部分によりむらがあると、透過性の良い部分から上昇する水素ガスの濃度の如何によっては、灰ブリッジに接着する若干の空間でなお爆発可能な濃度が保たれている可能性もあるから、水素ガスの流出ないしは排出の可能性の存在は、前記認定を左右できるものではない。その他前示推認を覆すに足りる事実を認めるに足りる証拠はない。

4  しかしながら当裁判所も、原審と同じく、被控訴会社には本件事故の原因となった水素ガス爆発につき予見可能性がなく、またその結果を回避しなかった点に不法行為の過失があるとはいえないと判断するが、その理由は、次のとおり付加訂正をするほかは、原判決一五枚目表三行目から同一六枚目裏六行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。

原判決一五枚目裏四行目から五行目にかけての「第三の一2」を「第一の一1及び2(四)」と、同一六枚目表一行目の「前記小林報告の内容」を「小林昭一が昭和五二年度清掃局技術職員研究発表会において、同年東京都清掃局葛飾清掃工場では灰ピット(灰バンカー)内で時々爆発音が発生し、灰の表面を青白い閃光が走ったり、表面にオレンジ色の炎が見られることがあり、その爆発音は水素の爆発によるものであるとの研究発表をしたこと」と、同一一行目の「前記」から同一二行目の「断定できなかったことからすると」までを「本件事故後に行われた本件灰バンカー内の可燃性ガス濃度の検査結果は、爆発下限濃度の〇ないし二六パーセントの可燃性ガスが検出されたものの、そのうち水素ガスの濃度は〇ないし0.5パーセントに止まっていたことからすると」と、同一二行目から一三行目にかけての「乙二五のような」を「可燃式ガス警報器やガスクロマトグラフィーによる」と改め、同枚目裏五行目の「足りず、」の次に「本件灰バンカー内に多量の水分が存在することが予見できたとしても、アルミニウム成分の存在を予見できたことを認めることはできないし、東京都清掃局葛飾清掃工場で、灰冷却水槽での水素ガス爆発が発生した事例が報告されているものの、本件事故では、灰バンカー内での水素ガス爆発の有無が問題となっているのであって、その間には物理的、化学的条件が大幅に相違するから、右葛飾清掃工場の事例が報告されていたことがあるとしても、本件プラントでの水素ガス爆発の可能性を予見できるとすることはできない。原審及び当審の審理を通じ」を加える。

5  したがって被控訴会社が水素ガス爆発を防止しなかったことに過失があるということはできない。

二  墜落等の高所危険防止責任

1  本件プラントは、被控訴会社が被控訴人市からその建設を請け負ったものであることは当事者間に争いがない。そして被控訴会社は、昭和五六年一二月から昭和五七年三月まで試運転を行ったうえ、昭和五七年三月三一日、本件プラントを竣工して被控訴人市に引き渡したことが認められる(乙三〇)

2  被控訴会社が被控訴人市に対し、本件プラントのような工場設備を製造し、安定した操業をなしうる状態で引き渡すこととともに、被控訴人市に対し、付随的に、本件プラントの操業に従事する労働者が、通常の就業中に生命身体の損害を受けることのないように、その安全を確保すべき設備の設置に努力すべきことの契約上の責任を負担したようなときは、その引き渡しがなされた後であっても、保証期間が経過する前においては、被控訴会社は、被控訴人市以外の右労働者に対しても、一定の範囲で、その生命身体についての損害を回避すべき注意義務を負担するものということができる。したがって、被控訴会社は、右の範囲で、右労働者の生命身体につき損害が生ずる結果を予見することが可能であって、しかも被控訴人市に対し右結果の発生を防止できる措置をなすべき義務を負担するのにもかかわらず、右措置をしなかった結果、右労働者の生命身体に損害が発生したと認められるときは、被害者に対し右損害を賠償すべき責任があるというべきである。

3  証拠(乙二一)によれば、被控訴人市が本件プラントにつき定めた工事発注統一見積仕様書では、本件プラントの運転管理が容易で、かつ安全な施設建設を基本条件とし(第1節計画概要)、その設計施工には、労働安全規則を遵守することが(第2節計画条件)、施設の安全衛生管理対策を十分考慮し、現場保守等の点検に安全性を取り入れた構造とすることが(第3節計画要目)求められ、施設の保証期間は正式引き渡しの日より二年間とされていたことが認められる。

右事実からすると、被控訴人ら間の本件プラント請負契約は、これらの要求項目を被控訴会社が受け入れることを前提として締結されたものと推認できる。

そうすると、被控訴会社は、本件プラントの操業に従事する労働者が通常の操業中に生命身体の損害を受けることのないよう、これに労働安全衛生規則に従った安全設備を設置するよう努力すべきことを約したものというべきである。そして労働安全衛生規則五一九条は、事業者は、高さが二メートル以上の作業床の端等で墜落により労働者に危険を及ぼすおそれのある箇所には、手摺り等を設けなければならない旨を定めるところ、右の手摺りの高さは、同規則一〇一条四項、一四二条三項の趣旨を類推すると、九〇センチメートル以上とすべきものである。そして、控訴人保男は通路上に置かれた高さ0.6メートルの踏み台の上で灰ブリッジの破壊作業をしたのであるから、実際の作業床は踏み台であるということができ、高さが通路の端から1.1メートルの手摺りでは同規則の基準に不足するというべきである。

4  証拠(甲二一、二四の1ないし7、二五の3、二六、三〇、三三、乙一一の1、6、一二、検甲二九、三一、原審証人森岡、同中村、当審証人堀、同糠塚、原、当審での控訴人保男)によれば、被控訴人市の作業員が灰ブリッジを崩落させるため、被控訴会社の指示したショックハンマー、エアーブロー、エアーノッカーを使用する手順を踏んでも効果がなかったので、灰バンカーの点検口から棒で突き崩す作業を必要としたこと、右作業員らは、昭和五七年一〇月ころ、被控訴会社に対し、点検口から灰バンカーの内部を点検し灰ブリッジを突き崩す便宜上、通路に置く踏み台と長さ約四メートル、重さ約三ないし五キログラムの鉄棒を備え付けるよう求め、被控訴会社がこれに応じたこと、右作業員らは、被控訴会社の指示した手順を踏んでもなお灰ブリッジが崩落しないため、右踏み台に乗って片足を灰バンカーのアングルに掛け点検口から右鉄棒で力を込めて突き崩す作業を度々必要としていたこと、昭和五八年三月二八日に灰バンカー内にアーチブレーカーが設置され利用されるようになってからは、点検口から右鉄棒で灰ブリッジを突き崩す必要が解消したこと、本件事故の当日、控訴人保男は、灰バンカー内の灰ブリッジを突き崩すために被控訴会社の指示のとおりの手順を踏んだが、成功しなかったため、地上約七メートルにある幅員約0.94メートルの作業床(通路)に上り、右床に置かれた高さ約0.6メートルの踏み台に片足を置き、もう一方の足を床から約1.28メートル上にある灰バンカーのアングルに掛けて右床から1.45メートル上にある点検口から鉄棒で灰ブリッジを突き崩す作業を開始したこと、本件事故時には右作業床の周囲には高さ1.1メートルの手摺りが設置されていたこと、人によっては、片足を灰バンカーのアングルに、もう一方の足を手摺りのパイプに乗せて作業をしていたこと、被控訴会社は運転要領書を被控訴人市に渡し、高所作業の時は命綱を着けるように転落対策を指示し、被控訴人市において命綱を本件プラントに備え付けており、クレーンの点検整備作業などの時はこれを使用していたこと、しかし、控訴人保男は本件事故時には命綱を着けていなかったことが認められ、被控訴会社は、本件プラントで作業に従事する被控訴人市の作業員からの依頼でその用途を知りながら右踏み台や鉄棒を提供したことは前示のとおりであり、控訴人保男を含む作業員らが右踏み台に乗って灰バンカーの点検口から鉄棒で内部の灰を突くことは知っていたものと解される。

そうすると、この場合には、右踏み台と手摺りの上段との高低差は0.5メートルしかないことになり、作業床が地上約七メートルの屋外にあること及び転落防止用のネットも張られていないことを考慮すると、同所で作業をしている被控訴人市の作業員が強固な灰ブリッジを崩すため力一杯鉄棒で突くなどの作業中、その反動とかもののはずみ、あるいは強風等の何らかの原因で踏み台の上で安定を失ったり、あるいはエアーブロー等の影響で灰バンカーの中から突然灰等が吹き上げるような事態が生じ、驚いて平衡を失ったりした場合に、当該作業員が手摺りを越えて地面に墜落する危険があることは、被控訴会社においても予見することができ、その防止のためには手摺りを高くするなどの措置を取ることは被控訴人市に対する義務の範囲に属しているのに、被控訴会社がこれをしなかった結果、控訴人保男の墜落が生じたものということができる。

被控訴会社は、控訴人保男の墜落という結果を回避する義務の履行としては、エアーノッカーの設備と踏み台上での正常姿勢での作業の指導でもって足りると主張するが、採用できない。

三 右によれば、被控訴会社は控訴人らに対し、民法七〇九条により、控訴人保男の墜落による損害を賠償すべき責任があるといわなければならない。

第二  被控訴人市の工作物の所有者責任または営造物の設置管理責任

本件事故当時、被控訴人市が本件プラントを所有し、また営造物として設置管理していたことは当事者間に争いがない。

前示認定のところからすると、本件プラントは、本件事故当時、その操業中に灰ブリッジが発生し、これを除去しなければ操業に支障が生じ、そのためには作業員が高所作業をする必要があるのに、十分な墜落防止設備を備えていない瑕疵があったものであり、本件事故による控訴人らの損害は右瑕疵により生じたといえるから、被控訴人市は、民法七一七条、国賠法二条により、右損害を賠償すべき義務があるといわなければならない。

第三  損害について

一  控訴人保男の受傷、その治療経過(被控訴人市との間では争いがない。)及びこれに対する控訴人藤井孫二郎、同藤井二三子の対応等について

証拠(甲七ないし一四、一六ないし二二、五六ないし六二、六三の1、六四ないし八五、八七、一一二ないし一一七、一二〇ないし一二三、一二五、一二八の2、検甲一五、控訴人保男(原審二回、当審)、控訴人藤井孫二郎)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

1  控訴人保男は、本件事故により第六胸髄以下完全麻痺、第六、七胸椎脱臼骨折、顔面、胸部火傷、両眼異物混入の傷害を受け、次のとおり入、通院した。

(一) 近江八幡市民病院

事故当日の昭和五八年二月一五日から同年四月二五日まで入院

(二) 兵庫県尼崎市関西労災病院

昭和五八年四月二六日から昭和五九年一〇月一四日まで入院

(三) 近江八幡市深井医院

昭和五九年一〇月一五日から同年一一月二一日まで入院

(四) 近江八幡市民病院

昭和五九年一一月二二日から昭和六〇年一月二八日まで入院

(五) 枚方市星ケ丘厚生年金病院

昭和六〇年一二月一四日から昭和六一年二月一〇日まで、脊髄損傷による合併症(膀胱結石)の治療のため入院

(六) その外、前記関西労災病院入院中に両眼の異物除去手術を七回受け、顔面及び頸部の皮膚内の異物除去手術を受け、その後も同手術のため通院し、星ケ丘厚生年金病院泌尿器科へは、同病院退院後も膀胱障害のアフターケアーのため毎月一回通院している。

2  控訴人保男は、本件事故の翌日に近江八幡市民病院で胸椎観血的整復固定術を受けたが、脊髄損傷、第七胸椎脱臼骨折により第六胸髄以下の完全麻痺となり、その結果、臍部以下の運動、知覚の完全麻痺、膀胱直腸障害(排尿、排便の調節不能)となった。そこで、近江八幡市民病院からリハビリテーションを目的として関西労災病院へ転医して、膀胱訓練、車椅子操作訓練を受けながら、両眼の角膜異物除去、顔面及び頸部の爆粉沈着物の除去を受けた。昭和五八年七月には、関西労災病院のリハビリテーション科の医師から、控訴人保男の障害の程度は、身体障害者福祉法別表四の第1号(第1級)に該当する旨の診断を受け、昭和五九年二月一八日には、同病院の整形外科の医師から、胸部以下運動知覚麻痺であり、握力のみ正常、他の肢体の状況につき、関節の運動性、歩行、起立及び坐位の保持はすべて不能、両下肢筋力零であり、障害の程度は前記別表第四の第1号に該当するとの診断を受け、同年三月一九日に「肢体不自由、脊髄損傷による体幹機能障害」として前記別表による第1級の身体障害者と認定されて身体障害者手帳の交付を受けた。

控訴人保男の右障害は軽減回復することがないし、その外に痙性麻痺、麻痺部分の疼痛、褥瘡、膀胱直腸障害から大小便の失禁を生じることがあり、また排尿障害から生じる尿路感染症、慢性腎盂腎炎、膀胱結石を繰り返し、その都度医師の治療を受けている。また性機能不全により妊孕力は消失している。リハビリテーションの結果、車椅子で自力移動が可能となり、改良された自動車を利用して近江八幡市民病院への勤務が可能となっている。後述するように改良された自宅では、日常生活において介助なしにかなりのことが自力で可能となっており、現在のところは両親の介助を受けているものの、一人になっても、時間はかかるが食事の用意その他の日常生活は独力で可能である。

3  控訴人保男は、本件事故により当時勤務していた近江八幡市役所を休職したが、昭和六〇年四月一日から近江八幡市民病院医事課に主事として勤務するようになり、現在に至っている。休職中も給料の支給はあったが、時間外手当、特殊勤務手当、宿日直手当の支給はなく、復職後も前記障害のため宿日直ができないため同手当はないし、残業手当、特殊勤務手当もないときが多く、同手当があっても本件事故前より少ない。

4  控訴人保男の父の同藤井孫二郎は大正一四年五月二八日生まれであり、自作の農業をする傍ら大工仕事もしていたこと、母の控訴人藤井二三子は同孫二郎より五歳年下で専業主婦である。同人らの間には、控訴人保男と滋賀県神崎郡能登川町に嫁している娘が一人いる。

本件事故前は、控訴人ら一家は、滋賀県蒲生郡安土町桑実寺にあった自宅に居住していたが、同居宅のある土地一帯は山の裾野に位置し、勾配がきつくて車椅子の使用が困難であるため、既に一筆の土地が購入してあった現住所地の隣に土地一筆を買い増し、控訴人保男が車椅子で生活することが可能な居宅を新築した。建築費用を節約するため、控訴人保男が設計図を作成し、控訴人孫二郎が大工仕事と控訴人保男の指示、指導を受けながら電気関係工事を施工し、同控訴人らで施工できない基礎工事、左官工事、水道工事、屋根葺工事などを他に依頼して完成させた。

控訴人孫二郎、同二三子は、同保男が重度の身体障害者となっただけでも大きなショックであるが、それ以外にも、夜も控訴人保男の隣室に寝てその日常生活を夜も昼も介助するように努め、特に控訴人保男が大小便の失禁をしたときはその身体の清拭のため、風呂を沸かし、汚れた服を脱がせ、風呂桶へは一人で入るが、上がることが出来ないため二人掛りで世話をし、汚れものを洗濯し、また同保男が熱を出して寝ているときや朝の体の調子が整わない間は食事をベッドまで運んだりして介助をしている。

二  損害額について

1  付添看護費

控訴人保男は、昭和二八年六月二四日生まれの男子であるところ、昭和六一年当時の平均余命は44.01年であり、一日の付添費は四〇〇〇円を要するとして、ホフマン係数22.923を乗じた3346万7580円を請求する。

しかし、昭和六一年当時の三三歳男子の平均余命は43.67年であるから、ホフマン係数は22.6105であり、控訴人保男が介助なしにできる行動がかなり多様であることを考慮すると、同年当時の一日の付添費は三〇〇〇円が相当である。

そうすると、付添看護費は二四七五万八四九七円となる。

2  自動車の購入費及びその改修費

控訴人保男は、自動車一台を一七〇万八四九〇円で購入し、障害者用に自動車を改修するのに一六万五〇〇〇円を要したが、自動車は五年に一回買い替えを要するから、一年につき三七万四六九八円が必要であり、平均余命44.01年の間、自動車を必要とするとして、ホフマン係数22.923を乗じた858万9202円を請求する。

証拠(甲一〇二の1、2、控訴人保男(原審二回)、同孫二郎)によれば、控訴人保男は昭和五九年一〇月に自動車を一七〇万八四九〇円で購入し、一六万五〇〇〇円で障害者用に改修したこと、控訴人保男は主として通勤用に自動車を使用し、遠出に使用することはないことが認められ、右事実に税法上の自動車の耐用年数が六年であることを考慮すると、自動車の買い替えは六年に一回程度が相当であり、また控訴人保男は本件事故前から自動車を利用していたものと認められる(弁論の全趣旨)が、同人が勤務を継続できるのはその往復に自動車を使用していることが大きい比率を占めていることに徴して、控訴人保男には自動車が必要不可欠であると解されるから、自動車本体の購入費の二分の一は本件事故と相当因果関係があるものというべきである。したがって、控訴人保男は、昭和五九年一〇月(三一歳)から平均余命45.59年の間に今後六年毎に七回、新車を購入し、その都度障害者用に改修するとして、一回につき自動車の購入費の半額及び改修費を加えた一〇一万九二四五円を要するものと認められる。右損害の現価を算出するに際し、便宜一〇一万九二四五円を六分した一六万九八七四円につき、右平均余命四五年のホフマン係数23.2307を乗じると三九四万六二九一円となる。

3  通院交通費

控訴人保男は、通院交通費二一万〇五八〇円を請求するところ、証拠(甲一〇五の1ないし4)によれば、通院交通費として、右金額を認めることができる。

4  文書料

控訴人保男は、診断書料などの文書料として一万一六五〇円を請求するところ、証拠(甲一〇四の1ないし4、一三四の1ないし14)によれば、右金額を認めることができる。

5  家屋の改修費

控訴人保男は、前記一の4記載の家屋の新築に際し、同控訴人の障害に応じた特別の仕様のための建築費八三一万八五五五円、その後に突然の尿失禁の場合に備えて室内に尿を捨てる洗面所を設置した費用一一万六五八一円を請求する。

証拠(甲九三ないし一〇一、一〇三(いずれも枝番を含む。)、一〇九、一一〇、一一九、検甲一七ないし二一(枝番を含む。)、控訴人保男(原審二回)、同孫二郎)によれば、前記のとおり控訴人孫二郎が建物を新築したが、その際、控訴人保男の障害に併せて、道路から玄関先までスロープを付け、屋内を段差のない構造とし、風呂、洗面所に特殊な器具を設置し、建具も特別な仕様とし、二階への昇降のための簡易昇降機を設置するなどの工事をし、その費用は六三一万七五五五円であり、簡易昇降機設置費用はそのうちの五二万四〇〇〇円であること、さらに平成二年になって、尿失禁したときに尿を捨てる洗面所を控訴人保男の居室内に設置したが、その費用は一一万六五八一円であったことが認められる。

しかし、簡易昇降機及び平成二年の工事分は控訴人保男だけが使用するものであるが、その余の工事分は控訴人孫二郎、同二三子も共同で使用するものであるから、本件事故と相当因果関係にあるのはその半分相当額と解される。よって、家屋改修費のうち三五三万七三五八円が損害であるといえる。

6  逸失利益

証拠(甲九二、一三二(いずれも枝番を含む。)、丙九ないし一六、控訴人保男(原審(二回))によれば、控訴人保男は、本件事故当時、近江八幡市役所に勤務する地方公務員であり、本件プラントに技師として稼働し、その給与は、給料(基本給)、調整手当、時間外手当、特殊勤務手当、宿日直手当、住居手当、通勤手当等からなり、三月、六月、一二月には期末手当、勤勉手当の支給を受けていたこと、本件事故後の昭和五八年三月分までは本件プラントで稼働しているときと同じように給料(基本給)のほか右の各手当が支給され、休職中も給料(基本給)、調整手当、住居手当、期末手当、勤勉手当を支給され、昭和六〇年四月一日に近江八幡市民病院医事課に復職後は前記後遺症のため宿日直は不可能であり、また同控訴人の体調の関係で医師から残業を禁止ないし制限されているので殆ど残業をせず、右医事課では特殊勤務手当は希にしか支給されないこと、その結果、給料(基本給)、調整手当、住居手当、勤勉手当、期末手当の支給はあるが、時間外手当、特殊勤務手当がなくなったか減少し、宿日直手当がなくなったこと、前記大小便の失禁のため勤務中に帰宅したり、その他体調を崩して休んだり、病院に行くため休んでも、減給されることはないし、基本給その他の手当は順調に昇給していることが認められる。

前記各証拠によれば、時間外手当は、給料(基本給)と同率で増額されること、本件事故前一年間(昭和五七年二月から昭和五八年一月まで)の給料(基本給)は合計一八三万九六〇〇円、時間外手当は合計五六万八六八九円、特殊勤務手当は合計二四万二六五〇円、宿日直手当は合計九万三六〇〇円となることが認められ、時間外手当は給料(基本給)の0.3091倍であり、特殊勤務手当の一か月平均は二万〇二二〇円、宿日直手当の一か月平均は七八〇〇円であることは計算上明らかであるから、給与支払明細書が書証として提出されている昭和五八年二月分から平成三年五月分まで(平成二年一月、六月、一一月分を除く。)の右各手当につき逸失利益を計算すると、(一)時間外手当は各年の給料(基本給)の合計額に0.3091を乗じた金額から控訴人保男が現実に支給を受けた時間外手当を控除した六四四万七九五五円となり、(二)特殊勤務手当は一か月につき二万〇二二〇円の割合で計算した金額から控訴人保男が現実に支給を受けた特殊勤務手当を控除した一五八万〇〇二五円となり、(三)宿日直手当は一か月につき七八〇〇円の割合で計算し、うち昭和五八年二月分、三月分につき控訴人保男に支給された宿日直手当を控除した七三万九二〇〇円となること、(四)給与支給明細書のない平成三年六月分(控訴人保男は三八歳)以降の右各手当の逸失利益については、平成三年一月分から同年五月分までの各手当毎にその一か月平均額を計算し、その合計額一〇万二九七六円を一二倍した一二三万五七一二円に、満六七歳まで労働可能であると認め、二九年のホフマン係数17.6293を乗ずると二一七八万四七三七円となる。その結果、逸失利益は右(一)ないし(四)の合計三〇五五万一九一七円となる。

なお、控訴人保男は将来の逸失利益につき労働能力喪失率を一〇〇パーセントとして計算した額を請求するが、前記認定事実に照らして採用できない。

7  墓地の購入費、墓石の移転費

控訴人保男は、本件事故当時あった藤井家の墓地は山上にあって今後車椅子では墓参できないので墓地を移転するべく平成二年に墓地を購入し、いずれ同所へ墓石を移転する予定であるとして、墓地購入費及び墓石の移転費を損害として主張し、証拠(甲一〇八の4、一一九、控訴人孫二郎)によれば、藤井家の墓地は衣笠山の中腹にある観音正寺の境内にあって前記後遺症のある控訴人保男が参ることは極めて困難であることが窺えるが、新墓地の購入費や移転費は本件事故と相当因果関係にあると認めることはできない。

8  慰謝料

(一) 控訴人保男

控訴人保男の受傷内容、程度、入通院期間、後遺症など本件において認められる諸般の事情を総合勘案すれば、慰謝料は三〇〇〇万円が相当である。

(二) 控訴人孫二郎、同二三子

一人息子である控訴人保男が思いもかけない事故により前記認定の重度の後遺障害を持った身体障害者となり、親としての悲嘆の大きかったことは容易に推測できるところであり、老後は面倒を見てもらうことを予定していた控訴人保男に頼ることができないだけでなく、逆に同人の面倒に明け暮れているなどの諸般の事情によれば、控訴人孫二郎、同二三子の慰謝料はそれぞれ五〇〇万円が相当である。

9  右の次第で、控訴人保男の損害額の合計は九三〇一万六二九三円、同孫二郎、同二三子の損害額はそれぞれ五〇〇万円となる。

三  過失相殺

控訴人保男は、本件事故当時、地上約七メートルの高所の通路部分に設置されていた踏み台に上がって灰バンカーの中を鉄棒で突く作業をしていたことは、前示認定のとおりであるが、このような高所作業の場合には、転落等の危険防止のために命綱を付けるべきであり、被控訴会社から被控訴人市に対しその旨を記載した運転要領書を交付し、被控訴人市においても本件プラントに命綱を備え付けていたことは前示のとおりである。控訴人らは、命綱の胴綱を取り付けるべき構造物の固定部がなかったと主張するが、若干の調節をすれば手摺りに取り付けることができたものと認められる。そうすると、本件事故当時、仮に控訴人保男が命綱を付けておれば地上七メートルの高所から地面まで落ちることはなかったものであり、これほど重大な結果が生ずることもなかったものであって、同控訴人の過失が相俟ってこのような結果に至ったということができ、また予見不可能な水素ガス爆発が損害発生に寄与していることをも考慮すると、被控訴人らが賠償すべき損害額の割合は五〇パーセントをもって相当とする。

右によれば、控訴人保男の前記損害額は四六五〇万八一四六円、同孫二郎、同二三子の前記損害額はそれぞれ二五〇万円となる。

四  損益相殺

被控訴人らは、地方公務員災害補償基金から控訴人保男に支給された傷病補償年金、傷病特別給付金につき損益相殺を主張する。

証拠(甲一〇七の1、2、丙一七、一八)によれば、控訴人保男に対し、地方公務員災害補償基金から、昭和五九年九月分から平成三年二月分までの傷病補償年金として合計一四二八万八七二四円、傷病特別給付金として合計二八五万七八七四円が支給されたことが認められ、平成三年三月分から平成五年八月分までの傷病補償年金として合計七二三万〇四九一円が、傷病特別給付金として合計一四四万六〇七四円が支給されたとの被控訴人らの主張を控訴人保男は明らかに争わないから、これを自白したものとみなされる。

そうすると、傷病補償年金合計二一五一万九二一五円につき、これが対象とする損害と同性質の損害である逸失利益の損害賠償額から控除することになるところ、逸失利益の賠償額は過失相殺の結果、一五二七万五九五八円となっているから、逸失利益は傷病補償年金によって填補された。

損益相殺の結果、控訴人保男の損害額は過失相殺後の損害金から逸失利益の損害賠償額一五二七万五九五八円を控除した三一二三万一八八八円となる。

被控訴人らは、右の傷病特別給付金も損害額から控除するべきであると主張するが、右給付金の性質から控除するのは相当でないし、仮に控除説を正当としても、本件の場合は、傷病補償年金によって逸失利益は全額填補されているので、控除の余地もない。

五  弁護士費用

控訴人保男につき三一二万円、同孫二郎、同二三子につきそれぞれ二五万円をもって、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用と認めるのが相当である。

第四  結論

以上の次第で、被控訴人らは、連帯して、控訴人保男に対し三四三五万二一八八円、同孫二郎、同二三子に対しそれぞれ二七五万円及び右各金員に対する不法行為日の昭和五八年二月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべきであるから、控訴人らの本件請求を棄却した原判決を取り消し、控訴人らの本件請求を右限度で認容することとする。

よって、民訴法九六条、八九条、九二条、九三条、一九六条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官野田殷稔 裁判官熊谷絢子 裁判官樋口庄司)

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